何を担った人物か
三方ヶ原では、信長は家康を見捨てたのではなく、佐久間信盛・滝川一益・水野信元らとともに援軍を出しました。汎秀の戦死は、清洲同盟が外交文書だけでなく、実際の兵の派遣と損失を伴った軍事協力だったことを示します。
時系列
1560年代
尾張の家臣として活動
平手氏の一員として織田家臣団に属します。
1572年
家康への援軍
武田信玄に対抗するため、信長の命で東海戦線へ出ます。
1572年末
三方ヶ原で戦死
撤退局面を含む厳しい戦いで命を落としました。
読み違えないために
汎秀と平手政秀の親子関係には系図上の異説があります。系譜を断定せず、三方ヶ原における織田援軍の一員として役割を押さえます。