古渡は、信秀が尾張南部へ重心を移した城
信秀は勝幡から那古野へ進出し、のちに古渡城を居城としました。古渡は中世の東海道に近く、熱田湊へもつながる位置です。信秀にとって城は、敵を防ぐだけでなく、人・物・情報が集まる地域を押さえる拠点でした。
古渡城
信秀の居城。那古野と熱田の間に位置し、尾張南部へ勢力を広げる基盤になりました。
那古野城
信秀が得た後、信長に譲った城。信長の若い時代の出発点です。
末森城
信秀が後に移った城。信行の拠点となり、家督争いの舞台にもなります。
信秀の本拠移動から、信長の出発へ
1530年代
信秀が古渡城を築く
那古野を得た信秀は、古渡を居城として尾張南部に基盤を置きます。
信長の少年期
那古野城を信長へ
信秀は信長に那古野城を譲り、自らは古渡から家の運営を担います。
1540年代後半
末森城へ移る
信秀はさらに末森へ本拠を移し、今川・松平勢力と向き合う東南方面を意識します。
ここだけ覚える
- 古渡城は、織田信秀が那古野の後に居城とした城。
- 熱田湊と中世の交通路に近く、信秀の勢力拡大を支える位置にあった。
- 信長に那古野城を譲ることで、父と子が別の城を基盤にする体制がつくられた。
古渡城から、どこへ進む?
参考にした資料
古渡城の築城年や信秀の本拠移動の細部には資料による表現差があります。本ページでは、那古野・熱田・末森をつなぐ信秀の拠点として整理しました。