京都と尾張をつないだ守護家
斯波氏は室町幕府の管領を出した有力な家で、越前・尾張などの守護を担いました。京都では将軍を補佐する家格を持ち、地方では守護として国の政治と軍事に関わります。
ただし、守護が常に現地に住んで直接支配したわけではありません。尾張では守護代の織田氏が現地の軍事・政治を担い、やがて実力を伸ばします。斯波氏を知ることは、信長以前の尾張の仕組みを理解する入口です。
家督争いと、応仁の乱
15世紀半ば、斯波氏でも家督をめぐる対立が起きます。この問題は畠山氏の争い、細川勝元・山名宗全の勢力対立と重なり、応仁の乱を複雑にした背景の一つです。
乱の後、斯波氏の勢力は弱まり、越前では朝倉氏、尾張では織田氏など、現地で力を持つ勢力が台頭します。応仁の乱が終わっただけで戦国大名が生まれたのではなく、守護家の弱体化と地域勢力の成長が長い時間をかけて進んだことが分かります。