事件・合戦ページ / 1560年5月 / 大高城の近くで起きた前線戦

丸根・鷲津砦の戦いわしづとりでのたたかい

大高城への補給をめぐる前線で、桶狭間当日に今川軍が信長方の丸根砦・鷲津砦を攻めた戦いです。
砦は攻め落とされましたが、信長の軍は桶狭間で義元の本隊とぶつかり、義元を討ち取りました。前線の敗北と本戦での決着を並べると、桶狭間の一日が見えやすくなります。

丸根砦鷲津砦大高城桶狭間当日

砦は、大高城への道を押さえていた

丸根・鷲津は大高城の近くに置かれた信長方の砦です。今川方から見れば、大高城へ兵糧を届け、尾張へ前進するために越えなければならない障害でした。

今川方

大高城への補給を進め、丸根・鷲津を攻めて前線を開こうとします。

信長方

二つの砦で大高城を牽制しますが、今川軍の攻撃を受けます。

信長

清洲から出陣し、熱田を経て善照寺砦へ進みます。

前線の砦から桶狭間の本戦へ

砦攻めの前
大高城へ兵糧が入る

今川方は城を支え、尾張での作戦を前へ進めようとします。日付は資料によって異なります。

桶狭間当日
今川軍が丸根・鷲津を攻める

前線の砦は激しい攻撃を受け、今川方が優位に立ちます。

同日
信長が今川勢へ攻めかかる

清洲を出た信長は善照寺砦・中島砦を経て進み、桶狭間で義元の本隊とぶつかって義元を討ち取ります。

丸根・鷲津の戦いは、信長方の苦しい局面を示します。 それでも桶狭間では義元が討たれ、戦いの流れは大きく変わりました。丸根・鷲津の攻防は、桶狭間の戦いを「奇襲」の一場面だけでなく、前線の砦から続く一日として見る入口になります。

ここだけ覚える

  • 丸根・鷲津砦は、大高城を牽制するための信長方の前線。
  • 桶狭間当日、今川軍は大高城に近い丸根・鷲津の砦を攻め落とした。
  • 信長の軍は桶狭間で義元の本隊とぶつかり、義元を討ち取った。

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参考にした資料

丸根・鷲津での戦闘の細部には資料による記述差があります。本ページでは、丸根・鷲津の攻防と大高城への補給を中心に、桶狭間の本戦とのつながりを整理しました。