人物ページ / 西美濃の有力者、美濃三人衆の一人

氏家卜全

氏家卜全(直元)は、稲葉一鉄・安藤守就とともに美濃三人衆と呼ばれた西美濃の有力者です。斎藤氏に仕えた三人が1567年に信長の美濃攻略へ協力したことは、龍興の支配を内側から弱め、稲葉山城攻略の条件を変えました。

美濃三人衆西美濃斎藤から織田へ

氏家卜全は、城主の部下だけではない

卜全を理解するには、美濃三人衆を「龍興の家臣三人」とだけ見ないことが大切です。三人は西美濃に人・土地・兵との結びつきを持つ有力者で、主君の交代に際して地域の政治を動かす力を持っていました。

氏家直元

卜全は法号・通称として知られ、史料では氏家直元の名でも表されます。

西美濃の基盤

稲葉山城から離れた地域を支える有力者として、斎藤氏の領国を下から支えます。

1567年の協力

信長側へ移ったことで、外から攻める織田軍と内側の地域勢力が結びつきます。

卜全が動くと、美濃攻略の条件が変わる

信長は強い軍勢だけで美濃を手に入れたわけではありません。卜全ら有力家臣の協力を得ることで、西美濃の拠点・兵力・人脈と結びつくことができました。

龍興にとっては、稲葉山城を守るだけでは足りません。国を支える家臣団との関係が変わったことで、斎藤氏の支配基盤そのものが揺らぎます。卜全は、その変化を示す人物です。

斎藤氏の時代西美濃の有力家臣として、美濃の領国を支えます。
1567年信長の美濃攻略へ協力し、龍興の孤立につながります。
人物像の読み方個人の感情だけでなく、地域勢力が新しい主君と関係を結び直す動きとして捉えます。

氏家卜全から、どこへ進む?

参考にした資料