まず押さえるなら、この四人
足利義満
三代将軍。南北朝の統一を実現し、室町幕府の権威が最も高まった時期を代表します。
足利義政
八代将軍。将軍継承と有力守護の対立が応仁の乱へつながり、戦国への大きな分岐点になります。
足利義輝
十三代将軍。畿内の実力者と対立し、1565年の死が義昭上洛の前提をつくりました。
足利義昭
十五代将軍。信長に奉じられて京都へ入り、のちに対立して室町幕府の終わりを迎えます。
歴代十五代を、時代の流れで見る
1〜2代
1338〜1358
1338〜1358
尊氏・義詮 ― 政権の成立
足利尊氏と子の義詮が、南北朝の争いのなかで京都の武家政権を形づくります。
3〜7代
1368〜1443
1368〜1443
義満・義持・義量・義教・義勝 ― 幕府の強化と緊張
義満の時代に幕府の権威が高まり、その後は将軍と有力守護の関係が大きな課題になります。
8〜11代
1449〜1521
1449〜1521
義政・義尚・義材(義稙)・義澄 ― 応仁の乱と京都の混乱
義政の時代に応仁の乱が起こり、将軍職の交代も重なって幕府の秩序は大きく揺らぎます。義材(のちの義稙)は十代将軍を二度務めました。
12〜15代
1521〜1573
1521〜1573
義晴・義輝・義栄・義昭 ― 戦国の京都政治
細川・三好ら畿内の実力者が将軍家を支え、また対立します。最後は義昭と信長の決裂によって、幕府の時代が幕を閉じます。
十五代の一覧
| 代 | 将軍 | 時代を読む手がかり |
|---|---|---|
| 1 | 足利尊氏 | 室町幕府を開いた武将。 |
| 2 | 足利義詮 | 京都の政権を整え、将軍家を継承。 |
| 3 | 足利義満 | 南北朝統一と幕府権威の高まり。 |
| 4 | 足利義持 | 義満後の幕府を運営。 |
| 5 | 足利義量 | 若くして将軍となり、短期間で死去。 |
| 6 | 足利義教 | 将軍権力を強める一方、嘉吉の変で暗殺。 |
| 7 | 足利義勝 | 幼少で将軍となり、短期間で死去。 |
| 8 | 足利義政 | 応仁の乱へつながる政治的混乱。 |
| 9 | 足利義尚 | 近江の六角氏討伐などを行う。 |
| 10 | 足利義材(義稙) | 二度将軍となり、戦国初期の京都で争う。 |
| 11 | 足利義澄 | 義稙と交代しながら将軍職を担う。 |
| 12 | 足利義晴 | 細川氏の対立のなかで京都と近江を往来。 |
| 13 | 足利義輝 | 永禄の変で死去し、将軍家が揺らぐ。 |
| 14 | 足利義栄 | 三好勢力が支えた短期間の将軍。 |
| 15 | 足利義昭 | 信長と上洛し、1573年に京都を去る。 |
戦国を読むなら、後期四人をつなげる
信長の上洛へ直接つながるのは、義晴から義昭までの四人です。義輝の死で将軍家の主導権が揺れ、義栄が三好勢力に支えられ、義昭は信長を新たな後ろ盾に選びました。この流れを知ると、1568年の上洛が「信長が京都を取った」だけの出来事ではないと分かります。
参考にした資料
将軍の在職期間や幕府の成立・終焉の捉え方には、研究上の論点があります。このページでは、歴史学習で広く用いられる十五代の区分と、戦国へのつながりを中心に整理しています。