室町幕府 / 将軍家の系譜 / 戦国の前史

室町将軍

室町幕府は、足利将軍家を中心に約二世紀半にわたって続きました。歴代将軍をすべて同じ重さで覚える必要はありません。幕府の最盛期、応仁の乱、京都をめぐる戦国の争い、信長と義昭の決裂という四つの場面に分けると、戦国への流れがつかみやすくなります。

足利将軍家歴代十五代京都戦国への前史

まず押さえるなら、この四人

足利義満

三代将軍。南北朝の統一を実現し、室町幕府の権威が最も高まった時期を代表します。

足利義政

八代将軍。将軍継承と有力守護の対立が応仁の乱へつながり、戦国への大きな分岐点になります。

足利義輝

十三代将軍。畿内の実力者と対立し、1565年の死が義昭上洛の前提をつくりました。

足利義昭

十五代将軍。信長に奉じられて京都へ入り、のちに対立して室町幕府の終わりを迎えます。

歴代十五代を、時代の流れで見る

1〜2代
1338〜1358
尊氏・義詮 ― 政権の成立

足利尊氏と子の義詮が、南北朝の争いのなかで京都の武家政権を形づくります。

3〜7代
1368〜1443
義満・義持・義量・義教・義勝 ― 幕府の強化と緊張

義満の時代に幕府の権威が高まり、その後は将軍と有力守護の関係が大きな課題になります。

8〜11代
1449〜1521
義政・義尚・義材(義稙)・義澄 ― 応仁の乱と京都の混乱

義政の時代に応仁の乱が起こり、将軍職の交代も重なって幕府の秩序は大きく揺らぎます。義材(のちの義稙)は十代将軍を二度務めました。

12〜15代
1521〜1573
義晴・義輝・義栄・義昭 ― 戦国の京都政治

細川・三好ら畿内の実力者が将軍家を支え、また対立します。最後は義昭と信長の決裂によって、幕府の時代が幕を閉じます。

十五代の一覧

将軍時代を読む手がかり
1足利尊氏室町幕府を開いた武将。
2足利義詮京都の政権を整え、将軍家を継承。
3足利義満南北朝統一と幕府権威の高まり。
4足利義持義満後の幕府を運営。
5足利義量若くして将軍となり、短期間で死去。
6足利義教将軍権力を強める一方、嘉吉の変で暗殺。
7足利義勝幼少で将軍となり、短期間で死去。
8足利義政応仁の乱へつながる政治的混乱。
9足利義尚近江の六角氏討伐などを行う。
10足利義材(義稙)二度将軍となり、戦国初期の京都で争う。
11足利義澄義稙と交代しながら将軍職を担う。
12足利義晴細川氏の対立のなかで京都と近江を往来。
13足利義輝永禄の変で死去し、将軍家が揺らぐ。
14足利義栄三好勢力が支えた短期間の将軍。
15足利義昭信長と上洛し、1573年に京都を去る。

戦国を読むなら、後期四人をつなげる

信長の上洛へ直接つながるのは、義晴から義昭までの四人です。義輝の死で将軍家の主導権が揺れ、義栄が三好勢力に支えられ、義昭は信長を新たな後ろ盾に選びました。この流れを知ると、1568年の上洛が「信長が京都を取った」だけの出来事ではないと分かります。

参考にした資料

将軍の在職期間や幕府の成立・終焉の捉え方には、研究上の論点があります。このページでは、歴史学習で広く用いられる十五代の区分と、戦国へのつながりを中心に整理しています。